福島区仏教会 主催
聖跡参拝バス旅行
根来寺〜粉河寺〜国華園
平成20年10月31日(金) 7:30〜17:00 80名参加
午前9時半、和歌山県岩出市にある新義真言宗総本山の根来寺に到着。
根来寺の本堂である大傳法堂(1827年再建)。
前日まで伝法灌頂が行われており、閉切られていて
中に入ることが出来なかったそうです。幸運!
本尊は大日如来(写真中央)で、
脇仏は尊勝仏頂尊(写真左)、金剛薩た(写真右)。
本堂で寺の由来や覚鑁上人の説明を聞く。初め豊福寺と称し、1140年上人が根来に移ると円明院を建立。1288年、頼瑜僧正は上人が高野山に建立した大傳法院をこの地に移し、新義真言宗の教学を大成す。その後、多くの学僧が集まり、戦国時代には堂塔2700余、寺領72万石を有するほどの一大宗教都市に。警護のための僧兵が1万余にまで勢力が強大となり、1585年3月秀吉に焼打ちされ、玄宥と専誉は逃れて後に京都と奈良に智山派(智積院)と豊山派(長谷寺)を構える。江戸時代に紀州徳川家より“鬼門封じ”のため外護を受け復興され現在に至る。
大塔は日本最大の木造多宝塔。
1496(明応5)年建立。高さ40m、幅15m。
秀吉の征伐の焼打ちから残り、国宝に指定されている。
秀吉の紀州征伐の際の火縄銃の弾の痕。
参拝者がみな触るのでツルツルに。
弘法大師像を本尊として祀っている大師堂。大塔とともに焼打ちを免れ、中の須弥壇と併せて重要文化財に。1391年建立。 光明真言殿。こちらで日夜回向がなされている。
漆器のルーツと言われている根来塗発祥地の石碑。
輪島塗などは根来の僧兵が伝えたらしい。
全く知らなかったぁ〜。
紀州徳川家から拝領した建物がある本坊
庭園は国から名勝として指定されている。
浄土池に浮かぶ聖天堂
堂内の朱塗の壇が根来塗で古くから伝わっているらしい↓
浄土池の前は写真のように鄙びてて良い感じ。
安置されているのは聖天尊。秘仏のため非公開。 職人が根来塗の復活に取り組んでいるそうです。
道中は収穫前のみかん、そしてコスモスが咲き乱れて
いたが写真に収められず、境内に咲いていた不断桜。
岩出市のマスコット「そうへいちゃん」。
西国第三番札所の粉河寺。写真は大門で重要文化財。 大門から見た境内全体。右手の大屋根が本堂。
「風猛山」の山号を掲げる中門。重要文化財。
扁額は紀州徳川10代藩主治宝の直筆。
本尊の千手観音像は絶対の秘仏のため非公開だが、
今回は千手堂の本尊千手観音像が217年ぶりの御開帳。
今日はその最終日。
中門すぐ左手にある若山牧水の歌碑。牧水が和歌山を
旅した時の一首で、歌集「別離」に収められている。
松尾芭蕉の句碑。紀行文「笈の小文」にある句。
因みに、芭蕉は大阪市内の南御堂前で亡くなっている。
重要文化財の本堂は、西国三十三ヶ所中最大。 重要文化財の千手堂。
千手観音様と結縁させて頂きました。
粉河寺を参詣した後、「野半の里」(http://www.nohan.jp/)で昼食。ここは元、寛政元年(1789)創業の老舗蔵元の野半酒造で、現在は地ビールと天然温泉が楽しめるお休み処。その後、第25回日本菊花全国大会を開催中の「国華園」に立ち寄り、午後5時に福島に帰ってきました。帰路途中、一説に雷が鳴ると唱える「くわばら、くわばら」の由来となったという和泉市の桑原町を通り、バスガイドさんからその説明がありましたが、サンスクリット語の「クワンバラン」が由来だとも言われております。果たして真相は如何に。。。さて、毎年開催していると旅程を組むのがだんだん大変になってまいりますが、檀信徒の皆様、来年も奮ってのご参加をお待ち申し上げております!!!
                                合掌



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